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導入事例

東京都 青梅市
■業種:自治体・官公庁,公共団体■導入製品:VirusScan NetShield ePolicy Orchestrator e500■導入台数:1300台

今回は東京都 青梅市の先進事例を紹介いたします。総務部情報システム課の坂原様と草野様にお話をうかがいました。


-- 本日は2003年4月28日ですが、昨日は全国統一地方選挙でした。昨晩、青梅市さまのWebを見たところ、トップページに市議会選挙の開票速報が載っており、刻一刻と更新されていたので驚きました。

(坂原さま)その更新作業は私も関わりました。今回の選挙においては私も選挙事務に従事していまして、昨日はほとんど徹夜状態でした。 そういうわけで開票情報に関しては、定期的にこまめに把握することができたので、その途中経過をその都度Webに反映していったわけです。 やはり開票情報というのは選挙民の関心事でありますから。



-- なるほど。さて、青梅市さまのウイルス対策ですが、これに本格的に取り組むようになったのはいつ頃からでしょうか。

まず青梅市の情報施設整備の流れから申し上げますと、まず平成12年に、庁内LANを敷設し、翌13年にはメールアドレスを各職員に与え、またインターネット接続も開始しWebサイトを通じた調べ物も可能な体勢にいたしました。さらに翌平成14年には一部の除外職場を除いてPCの一人一台体制がついに完遂されました。これらはe-Japanを前提とした動きですが、青梅市の場合は市長や助役がIT整備に関して積極的であったことも寄与いたしました。「西多摩の自治体においては」という括りで述べるならば、内部情報化は相対的に早く進んだ方なのではないかと考えております。

さて、「平成13年度にメールアドレスを各職員に与え、またWebサイト閲覧も可能にした」と述べましたが、これにより閉鎖系システムであった庁内LANが、広くインターネットという外界に開かれてしまったわけであり、便利さも増しましたが同時にセキュリティ上の危険も増えたということは当時から認識しておりました。ですので、そうした認識に基づき、市民や社会に迷惑をかけることのないよう、ネットワークの整備と同時に、ウイルス対策の方も、自治体ネットワーク社会の一員としていずまいを正す意味でも、きちんと確実に行なっておかなければならないと考え、総合的な対策の導入を決定した次第です。



-- それ以前に何かウイルスの被害に遭われたことはありますか?。

特にそういった被害はありませんでした。青梅市の場合、平成11年度にはFDとCDの使用を禁止するという規定を作っており、当時はメールやネットも使えなかったので、理論的にはウイルスが入ってくる経路は全くなかったのです。

-- FDとCDの使用禁止とは驚きました。それは決めごとだけの運用ですか、それとも物理的にCDやFDのドライブを塞いでしまったりしたのですか?。

FDとCDのドライブへのアクセスをシステム的に禁止するという設定を施しました。ドライブは物理的には付属しているが、しかしそこへのアクセスは管理者権限がないとできないというわけです。この措置により二つの効果が表れました。ひとつは、ウイルスの侵入経路がふさがれるという効果と、もう一つはFDが使えないのであれば、データの共有はサーバを使うより他に手だてがなくなるわけで、これによりファイルサーバへのデータ保存が自ずと推進され、庁内のデータ共有、情報共有が、「しくみ」として円滑に進むようになったということです。

-- なるほど、たしかにFDが使えなくなればファイルサーバでデータ共有するしか手だてはなくなるわけですね。単純ですが、紛れのない情報推進化の技法であるように思いました。

ちなみに私たち情報システム課としては、いわゆるIT化を推進する一方で、アナログベースの情報共有も重視しております。例えば危険度の高いウイルスが出た時の庁内の事務連絡は、システム化が整った現在でも、未だに紙ベースの回覧で行なっております。これは、やはり、メールよりも紙の回覧の方が、職員がよく見て、しっかり意識づくという効果があるのです。



-- 現在の青梅市さまのウイルス対策は現在、どのような構成になっているのでしょうか。

まず、VirusScanとNetShieldを900台ほど導入し、それをePOで統合管理しております。うち本庁が500台ぐらい、残りの400台は出先機関に配備されております。出先機関の内訳は、住民票の交付などを行なういわゆる出張所、市民センター、市立美術館、博物館、図書館、体育館、給食センター、リサイクルセンター、ごみ収集基地、浄水場、下水ポンプ場、火葬場、そして27個所の小中学校の事務室などがこれにあたります。これらの各機関にVirusScanを配備し、それらを本庁のePOサーバで、定義ファイルやエンジンの更新について、中央管理しているのです。

この他、青梅市の場合、府中市や宮城県にも出先機関がありますが、これのウイルス対策もePOで管理しております。

-- 青梅市が宮城県に出先機関を持っているとは少々意外なのですが、どういうものでしょうか?。

府中には多摩川競艇という競艇場がありますが、青梅市はここでの競艇のうち約150日ほどを主催しております。ですのでここでまず府中に出先機関が発生することになります。さらに宮城県には多摩川競艇専用の場外発売場としてボートピア大郷という施設があり、その関係でそちらにも出先機関があるのです。

-- なるほど。それら仙台や府中の遠隔マシンもePOで管理いただいているわけですね。使いこなしていただいて有り難うございます。




これらの市役所および市営施設のウイルス管理のほか、教育委員会のネットワークの方にもVirusScanとePOを導入しました。教育委員会管轄のマシンというのは、要するに各学校のパソコン室のマシンのことだと思っていただければ結構です。学校の場合、事務室マシンは市役所ネットワークに属しますが、パソコン室のマシンは全く別個の教育委員会ネットワークに接続されるのです。

-- すみません、私の年代ですと小中学校にパソコンが並んでいるというのがなかなかイメージできないのですが、要するに昔のLL教室みたいなので、カセットデッキの代わりにパソコンが並んでいると思えばよいのでしょうか。

まあ、だいたいそんなところです。そうしたマシンは、ホームページの作成実習などで、生徒が授業中に使用するわけですが、学校という公の場所で使用するマシンである以上、ウイルス対策も当然、整っている必要があります。しかしながら、ウイルス定義ファイルやエンジンの定期的な更新を、生徒や先生にやってもらえるかというと、これはどう考えても無理があります。そこで庁内LANで実施したのと同じ仕組みで27小中学校400台のマシンを一台のePOで管理することにし、先生や生徒が特に気にせずとも更新の方はePOサーバで自動的にやってしまうような、そういう体制にいたしました。



-- ゲートウエイ対策はなさっておられますか。

こちらはe500アプライアンスを導入しております。庁内LAN、各地出先機関および教育委員会、つまり学校のメールのSMTP送受信についてはこれによりウイルスチェックをしております。それなりの数のウイルスが日々検出されております。やはりクレズが多いですね。。

-- ウイルスは、どのような所からやってきておりますか?。

e500のログを見る限り、種々雑多な所からウイルスがやってきておりますが、意外な所では職員の自宅から入ってこようとしたウイルスがe500に阻止されているというパターンがあります。これはどういうことかというと、職員の中には自宅に仕事を持って帰って、自宅PCで作業をなさっている方がおられます。そうした方のメールソフトのアドレス帳にはたいてい青梅市役所の自分のアドレスや同僚のアドレスが保存されております。そしてもしそうした方のPCがメールウイルスに感染した場合、ウイルスがそのPCのアドレス帳を使って、勝手送信をするわけで、そうしてその勝手送信ウイルスメールが青梅市役所に飛び込もうとして、しかしe500に阻止される、そういう流れのようです。

-- なるほどそれはありえますね。さて、青梅市様にて今後、情報化推進の御予定などはありますか。


近々の話としては、ホームページの全面リニューアルということを考えております。現在は、率直に申しまして電子広報誌のようなページになっておりますが、これをさらに強化して、電子申請や施設予約などもできるようにして市民サービスの向上を図りたいと考えております。そうした利便性強化の際にはもちろんセキュリティも同時に強化しなければなりません。マカフィーさんには今後も充実した製品とサービスを提供していただけるようお願いいたします。

-- 今日は貴重なお話をありがとうございました。



青梅市はかつて江戸幕府の直轄地として栄えた場所で、旧街道には今も往時を思わせる建物が残っております。この旧街道を歩いた人は、おや、と思うはず。

こちらの写真のようにいたるところに昔の映画の看板が飾られているからです。何でも地元にこうした絵が上手い「絵師」がいて、その方が地域のために描いているとのことです。本当に上手な出来栄えなので、青梅にいらした際にはぜひご覧ください。

青梅地方は多摩川および荒川水系の豊かな水に恵まれ、早くから狩猟生活を中心とした集落が発達しました。そのあかしとして、これら河川の流域からは旧石器時代、縄文時代の遺跡が数多く発見されています。弥生時代になると霞川流域では稲作も行われ、水田がひらかれて都内でも最大規模の集落が形成されるようになります。人々は農耕型の生活に移行しながら、奈良・平安時代を経て集落はさらに拡大しつづけました。

また、平安朝には武蔵国府造営のための用材供給地としても集落が形成され、鎌倉時代のころから土豪の三田氏が豊富な林産資源を背景に勢力をのばし、多摩川上流域を支配するようになります。三田氏は、天寧寺、塩船観音寺、住吉神社、武蔵御嶽神社などの神社仏閣の創建再興に力を注ぐとともに、市場を設置するなど経済基盤の充実にも努め、永禄年間(1558〜1569)に北条氏照に滅ぼされるまで約300年にわたって青梅地方に独自の文化を築きあげました。

北条氏が天正18年(1590)に滅びると徳川氏が関東に入国、やがて江戸開府を迎えると青梅の大半は幕府の直轄地となります。江戸の経済・文化の発展にともなって、青梅では石灰、木材、織物などの産業が活況を極め、青梅地方一帯はさらに発展します。多摩川の水運や、青梅街道の整備によって、江戸市場にもっとも近い産地という優位性が発揮されたわけです。

このように発展した青梅を中心とした40か村の村々は、明治22年(1889)市制町村制によって1町6か村に統合され、明治27年には立川・青梅間に鉄道が開通します。そして、昭和26年(1951)に青梅町・霞村・調布村が合併して「青梅市」が誕生しました。さらに昭和30年(1955)には、隣接する吉野・三田・小曾木・成木の4か村が編入されて現在の市域となりました。現在は、まちの基幹産業だった織物業や林業は構造不況によって衰退し、往時をしのぶことはできませんが、工業団地造成による企業誘致や、観光資源の活用による新たなまちづくりが進められています。そして、西多摩の中核都市「青梅」の役割とその将来性は、圏央道青梅インターの開通によってにわかに高まりつつあります。

取材日:2003年4月