MPOWER 講演者コラム:デジタルトランスフォーメーションに求められる戦術

 

門林 雄基
奈良先端科学技術大学院大学
サイバーレジリエンス構成学研究室


デジタルトランスフォーメーション (DX) が経営層にとってのアジェンダとなって暫く経ちました。DX の意味するところは、企業の競争力を左右する総合的な取り組み、ですから、経営層が「DXはもう済んだ」と自慢しているとしたら、何らかの勘違いが起きていると言えるでしょう。DX は生産性や品質の改善活動同様、一過性の取り組みではなく、継続的な取り組みです。「品質改善はもう済んだ」と自慢する経営者がいないのと同様に、DXは現場にとって、5年後も重要なアジェンダであり続けることは間違いありません。

デジタル化推進の成否を握るのはセキュリティとセーフティだと言えます。これは生産性向上、品質向上と労働衛生、安全などを両立してきた日本の産業界の方々であれば直感的に理解されることと思います。これまでも工場等ではセーフティは重要な達成目標でしたが、今後は顧客企業から預かった機密情報や、熟練技能工の「匠の技」のような生産のノウハウなどもデジタル化されていくため、セキュリティも重要な達成目標となります。ただこれらの達成目標は経営層にとっては「大前提」でしかない上に、DX では AI, IoT などの先端技術を組み合わせた大胆な発想も好まれるため、現場で悩まれている方も多いと思います。

DX のセキュリティについて、どう考えればいいのでしょうか。一般に企業全体での長期的取り組みにあたり、戦略が立案されることが多いと思われますが、そういったやり方を踏襲して、DX セキュリティ戦略を立案すれば十分なのでしょうか。もちろん3年や5年スパンでの戦略は考えておくに越したことはありません。しかし、3ヶ月が1年に相当する、イノベーションのペースの速い業界では、単純換算すると3年が12年に相当します。それだけ先を正確に見通せるかというと至難の技でしょう。例えば産業界ではいま、データサイエンスが重要だということでデータサイエンス人材の確保に躍起になっているようですが、研究の最前線ではデータサイエンスは無人化できるので雇用にならないという意見もみられます。

私は、DX のセキュリティを考える上では戦術こそが重要だ、と考えています。目まぐるしく変わる状況に合わせて、戦いの術を変えられる柔軟さ(今風の言葉で言えばアジリティ)が重要なのです。そして、そのような戦術は現場の数だけあります。DX の導入以前から、企業の現場の方々は以下のような諸条件のもとで、質の高い生産方法を編み出していたわけです:

  • 使える人材が違う(教育)
  • 使える部材が違う(品質)
  • 使える協力会社が違う(技術)
  • 使えるインフラが違う(前提)
  • 規制が違う

DX においても同じことです。産業界全体として DX を進めていけば、協力会社の技術レベルはどんどん上がるでしょう。また部材の品質も上がっていくでしょう。教育も、短時間でポイントを押さえた技術研修などが可能になるでしょう。走りながらエコシステム全体としての成熟度を上げていく、というのは日本の産業が得意とするところです。

戦略屋にとって悩ましいのは、戦術はコピーできない(コピーしても上手くいかない)ということです。それぞれの現場で諸条件が違うので、日本の基幹工場でうまくいったやり方が東南アジアのある国ではうまくいかない、などということは既にご経験済みかと思います。この手の問題は、戦術に長けた現場の指揮官の方々(工場長など)に任せて、本社はその後方支援に回るのがベストだと思います。

ここで問題なのは、指揮官はリスクの性質を分かっているか、ということです。例えば品質向上のために AI, クラウド、IoT 等の技術を導入するとします。これらの技術の応用のしかたによって、リスクの性質が変わってくるわけです。例えば、クラウドの停止が不良品率の上昇につながるかどうか。そうならない使い方も、そうなる使い方もありますね。あるいは AI の精度が時間とともに劣化することもありえます。昨日までうまく動いていたIoT が、一斉に止まってしまうこともありえます。指揮官はそうしたリスクを織り込み済みでしょうか。今のうちに DX に手を出して、小さな失敗(ヒヤリハット)を積み重ねることは重要だと言えます。

色々考えると、DX に潜む未知のリスクを目の前に萎縮しそうになりますが、どう考えたらよいのでしょうか。

MPOWER のセッションでは、「DXのリスクオーナーに求められる3つの能力」と題してお話しします。皆様の取り組みの参考になれば幸いです。

セッションの情報はこちら